日本オペレーションズ・リサーチ学会 会長 吉瀬章子(筑波大学システム情報系社会工学域)
このたび,オペレーションズ・リサーチ学会の会長を務めることになりました.歴代会長をはじめ諸先輩方が築いてこられた本学会の歩みと伝統を受け継ぎ,その発展に微力ながら尽力してまいります.どうぞよろしくお願い申し上げます.
オペレーションズ・リサーチ(OR)は,不確実で複雑な現実世界において,よりよい意思決定と社会システムの設計を目指す数理科学の一分野です.限られた資源のもとでどのように行動するべきかという問いは,企業経営,公共政策,都市計画,物流,医療,エネルギーなど,社会のさまざまな場面に現れます.ORはこのような問題に対し,数理モデルとデータにより構造を明らかにし,合理的な意思決定を支える方法論を提供してきました.
近年,人工知能,とりわけ大規模言語モデル(Large Language Models)の急速な発展は,社会や研究のあり方に大きな変化をもたらしています.自然言語処理や画像認識などの分野では驚くべき成果が生まれ,研究や教育の方法も変化しつつあります.しかし,AIがどれほど高度になっても,社会で最終的に問われるのは「どのように意思決定するか」という問題です.
Agrawalら [1] は,AIは「予測(Prediction)」の能力を拡張する技術であると指摘しています.これを踏まえると,ORはその先にある「意思決定(Decision)」と「社会システムの設計(Design)」を支える科学であると位置づけられます.すなわち,Prediction → Decision → Design という流れの中で,ORは社会の行動や制度を形づくる中心的な役割を担っています.この観点にたてば,AI時代においてORはさらに重要性を増していると考えられます.予測が容易になるほど,どのように意思決定を行うかという問題はより本質的なものとなります.AIが世界を理解する「知能」を拡張する技術であるとすれば,ORはその理解を社会の行動や制度に結びつける知性の科学であると言えます.
実際,この一年ほどの間に,私自身も多くの企業から物流システムやスケジューリングの問題についてご相談をいただきましたが,その際にしばしば聞かれたのが,「AIを試してみたが,うまくいかないので何とかしてほしい」という言葉でした.配送計画や生産スケジュール,人員配置などの問題は,単にデータからパターンを学習するだけでは解決できません.そこには多くの制約条件や制度的要因,現場の運用ルールが存在し,それらを踏まえたモデル化が不可欠です.このような問題に対しては,現実の構造を数理モデルとして表現し,制約と目的を明示した上で解を探索するORのアプローチが重要な役割を果たします.
また,実務の現場では,問題をいかに定式化するかという段階が極めて重要です.どのような制約が存在し,どのような目的を設定するのか.このモデリングの過程こそがORの専門性の核心の一つであり,AIだけでは容易に代替できない部分であると感じています.
ORの社会的価値は国際的にも広く認識されています.例えば,米国の大学専攻に関する2023年の統計では,大学卒業後4年間の平均給与が最も高い専攻の一つがOperations Researchであると報告されており [2],企業や社会において意思決定や最適化の専門家が強く求められていることを裏付けています.
AIと数理最適化の接続に関する研究も国際的に活発に行われています.機械学習による予測とORによる意思決定を接続する新たな枠組み(predict-then-optimize,prescriptive analytics等)が提案され [3],さらにAI自体も,多様な構造をもつ最適化問題群として記述できると指摘されています [4].
こうした流れの中で,日本では久保幹雄先生により MOAI(Mathematical Optimization and Artificial Intelligence)という概念が提唱されています [5].AIと数理最適化の接続は,研究部会やシンポジウムにおいても継続的に取り上げられており,機械学習と数理最適化の融合,説明可能な機械学習と最適化,予測と組合せ最適化を組み合わせた意思決定支援など,多様な方向で研究と応用が行われています [6].
本学会のもう一つの大きな特徴は,研究成果を広く社会に公開してきた点にあります.オペレーションズ・リサーチ学会では,機関誌『オペレーションズ・リサーチ』および論文誌に掲載された記事や論文を原則として公開してきました.学会誌の記事や研究論文を体系的に公開している学協会は多くなく,本学会は長年にわたり,ORの知識を実務家や学生にも開かれた形で提供してきました.こうして蓄積されてきた記事や論文は,日本語で読めるORの知識体系として極めて貴重な資産であり,本学会の大きな強みです.
近年のAI技術の発展は,このような知識資産の新たな活用の可能性も示しています.例えば,機関誌や論文誌に蓄積された知識をAIに学習させることにより,ORに関する知識をより容易に参照できる仕組みを構築することも,将来の一つの可能性として考えられます.この仕組みを仮にORAI(Operations Research AI,日本語呼称:オーライ)と呼ぶならば,それは若手研究者や学生にとって研究の入り口となるだけでなく,賛助会員の皆様にとっても実務の課題解決のヒントを得るための有用なツールとなる可能性があります.ORAIに限らず,OR学会が長年にわたって蓄積してきた知識を新たな形で活用する方法についても,今後さまざまな可能性を探っていきたいと考えております.
また,本学会の運営については,これまで多くの方々のご尽力により,画期的な改善が進められてきました.山上伸前会長のもとでは,学会運営のスリム化が進められ,学会収支の黒字化が実現されました.さらに,猿渡康文前副会長および渡辺隆裕副会長を中心として会員意識調査が進められており,会員の皆様の声を今後の学会運営に生かす取り組みが進んでいます.研究普及委員会をはじめとする各委員会の皆様のご尽力による会員ネットワークの強化や,理事会ならびに事務局の皆様のご支援による研究発表会運営の省力化など,学会活動を支えるさまざまな改善も進められてきました.これらの取り組みをしっかりと継承し,さらに発展させて参ります.
学会とは研究成果を発表する場であるだけではなく,人と人とが出会い,学び,励まし合い,新たな挑戦への力を得る場でもあります.先日,麗澤大学で開催された研究発表会では,若い会員の方々,とくに企業から参加されている皆様が多く集まり,活気ある交流が生まれている様子を拝見し,大変心強く感じました.また,ある受賞者の方が「仲間がいたからがんばれた」と語っておられたことも,強く心に残っています.研究者にとっては深い議論や新しい共同研究が生まれる場であり,学生にとってはORの魅力に触れ,将来の進路を考えるきっかけとなる場でありたいと思います.企業や実務の現場におられる会員の方々にとっても,学術研究と実務の課題を結びつける貴重な交流の場となることを願っております.
楽しく,開かれ,活力に満ちた学会を,会員の皆様とともに築いて参りたいと存じます.今後ともご支援とご協力を賜りますよう,心よりお願い申し上げます.
機関誌『オペレーションズ・リサーチ』掲載 (予定)

日本オペレーションズ・リサーチ学会は,1957年6月15日に設立されました(※1).ORの理論の研究,手法の開発はもとより,企業経営や行政における具体的な問題への手法の活用を図るとともに,会員相互の情報交換,海外との交流を積極的に推進しています.具体的には
・研究発表会およびシンポジウムの開催
・機関誌,論文誌,研究報告書その他の資料の刊行
・内外の関連学協会との連絡および協力
・研究および調査
・研究の奨励および研究業績の表彰
を行っています.
会員の内訳は,正会員1354名,名誉会員12名,学生会員158名,賛助会員73団体(2026年2月末時点)です.
全国を本部と6支部(北海道,東北,中部,関西,中国・四国,九州)に地域分けし,各支部においても講演会や研究会など独自の活動が展開されています.
日本オペレーションズ・リサーチ学会は,特定非営利活動法人 横断型基幹科学技術研究団体連合(横幹連合)の会員であり,理学・工学系学協会連絡協議会に参加しています.経営工学関連学会とは行事の協賛を積極的に行っています.また,国際的なオペレーションズ・リサーチ学会の連合体である IFORS (International Federation of Operational Research Societies) の正規加盟学会であり,APORS (Association of Asian-Pacific Operational Research Societies, アジア太平洋地域のOR学会連合) にも所属しています.
(※1)1957年6月15日に設立総会を開催(『経営科学』第2巻第1号より抜粋)、1972年5月23日に社団法人設立許可(『経営科学』第16巻第5号より抜粋、毎年この日を創立記念日とし事務局を休日とする)、2012年3月1日に公益社団法人登記。
〒101-0032 東京都千代田区岩本町1-13-5 TRUST VALUE 岩本町7F
TEL: 03-3851-6100 FAX: 03-3851-6055
電話受付時間:国民の祝日に関する法律に規定する休日、年末年始(12/29~1/5)、学会創立記念日(5/23)、その他学会が指定する日を除く月・火・木・金曜日の10時~12時、13時~16時
E-mail: jimukyoku@m.orsj.org
最寄り駅
(1)JR総武快速線・・・「馬喰町」駅下車 西口改札 出口2より徒歩8分
(2)地下鉄 東京メトロ日比谷線・・・「小伝馬町」駅下車 2番出口より徒歩6分
(3)地下鉄 都営新宿線・・・「岩本町」駅下車 A5出口より徒歩6分、「馬喰横山」駅下車 出口2より徒歩8分
